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フューチャー・デザインへようこそ

1.私たちは何をしてきたのでしょうか

西條所長

人口、実質GDP、化石燃料の使用量、肥料の使用量、自動車台数などの人間活動を示す指標は、産業革命以降、とりわけ20世紀の半ば頃から加速度的に増えています。
これらの人間活動に伴い地球環境にかかわる指標、たとえば、大気中の二酸化炭素・窒素酸化物・メタンなどの濃度、海域への窒素流入量、熱帯林の減少量なども加速度的な変化が起こっているのです。
これらの変化は「超加速」と呼ばれています。一方、ロックストロムたちの「地球の限界」と呼ばれている研究では、私たちの環境を維持するために必要な9つの領域を選び、それらの地球環境に対する許容限度(ティッピングポイント)を提案しています。
生物多様性、窒素やリン酸を含む物質の循環はすでに元の状態に戻ることのできないティッピングポイントを超え、気候変動はその限界に近づいているのです。

そのため、クルッツェンたちは、一万年あまり続いた安定的な完新世(地質時代区分のうちで最も新しい時代)はすでに終了し、人類が地球システムを変え、新たな地質年代である人新世(アンソロポシーン)が始まっていると考えています。また、ステフェンたちは、これまでの冷地球(氷期)と温地球(間氷期)のサイクルから温地球と熱地球のサイクルに移行し始めていると警告しているのです。

他方で、主要諸国の債務残高は巨額です。IMFによると、日本のそれはGDP比で236%、イタリア、アメリカ、フランスのそれは各々130%、 108%、 96%です。私たちは将来世代の資源を奪うことで今の豊かさを維持しているのではないのでしょうか。
日本の場合、債務残高の解消のためには、消費税35-40%程度に上げ、これを百年続けることで債務残高が60%程度になるという試算もあります。果たしてどの世代が進んでこれを実行するのでしょうか。

2.なぜこうなったのでしょうか


このような将来世代に大きな負荷をかけてしまう「将来失敗」の背後にある社会システムはどのようにしてできたのでしょうか。
この原型を作ったのはリベラリズムのみなもとであるホッブズ、ロック、ルソーたちです。
「万人の万人に対する闘争」に終止符を打ち、不平等をよしとする社会制度、古い習慣やしきたりなどから脱するために、人々が社会契約を結び、自由と独立を勝ち得るという構想です。
これを支えるのが国家であり、国家を通じて、自由な市場、(間接)民主制という現在の社会体制の基礎が形作られたのです。
さらには、彼らにさきだつベーコンは人類が自然を制覇する考え方の基礎を形作っています。

なぜこのような社会システムができたのでしょうか。
神経科学者のサポルスキーは三つの人の特性を挙げています。

一つは「相対性」です。私たちの五感はその絶対量ではなく、その変化に反応するのです。
例えば急に暗くなったり、大きな音がしたりすると反応してしまいます。
これは私たちの生存可能性を高めるための特性です。
山を考えてみましょう。山の場所ですが、高ければ高いところにいるとうれしいとします。
変化の激しいところを登るはつらいのですが、頂上である変化のないところ(うれしさの一番高いところ)を求めるとするなら、相対性は私たちが持つ最適性の原理です。

二つ目が「衝動性」です。私たちは、目の前の美味しいものを我慢して食べずにいることは難しいのです。これを拡張したのが近視性です。つまり、目先の利得に目がくらむのです。

三つ目として、私たちは互いに協力し合い、他の動物を制覇するという「社会性」も併せ持っています。ただし、これは、<人類>対<非人類>という対立の構造で社会性をとらえるというベーコン以降の伝統に従った見方です。

一方で、話はそれますが、山も川も海も植物も動物も同じ立ち位置であると言う東洋的な社会性がこれからの西洋一辺倒の科学を変革するエンジンになる可能性を秘めているのではないのでしょうか。
これに、同じく神経科学者のシャーロットのあげる「楽観性」を加えましょう。
彼女によると、どうも私たちは、過去の嫌なことは忘れ、今の快楽を追い求め、将来を楽観的に考えるように進化したのかもしれません。

このような私たちの特質までさかのぼり社会制度との関係を検討する研究はほぼ皆無ですが、これら四つの特性を色濃く反映した社会の制度が、人々の自由と独立を基礎とする「民主制」と「市場」ではないのでしょうか。
民主制は<現在生きている人々の利益を実現する仕組み>であり、<将来世代を取り込む仕組み>ではありません。
もしあなたが自然環境のためには化石燃料を使った移動は禁止という公約を掲げ市長選に出馬したとするなら、きっと当選しないでしょう。
一方の市場も<人々の目の前の欲望を実現する優秀な仕組み>ではあるものの、<将来世代を考慮に入れて資源配分をする仕組み>ではありません。将来世代は現在の市場でお金を持っていないのでその意思を表明することができないのです。

経済史学者のアレンによると、ヨーロッパでは14世紀半ばの黒死病で人口が激減したために、イギリスでは賃金が高騰したのです。
同時に都市化が進展し、木材価格が上昇し、そこでエネルギー源として求められたのが、たまたま手近で豊富で安価であった石炭だったのです。
炭鉱でたまる水を汲み上げるために、高価な労働者に代わって揚水ポンプを動かしたのが蒸気機関だったのです。
まさに有機エネルギーから化石エネルギーへの転換が起こり、「産業革命」を経て様々なイノベーションを経験してきました。

これらのイノベーションは、私たちの相対性、近視性、楽観性をさらに強いものにするというフィードバックを引き起こすにちがいありません。
これがさらに少しでも便利なもの、楽になるものへのイノベーションへの欲求につながるのです。
加えて民主制や市場は、さらなる効率化や、グローバル化を促します。このフィードバックの連鎖が、ますます私たちの相対性、近視性、楽観性を強いものにし、さまざまな将来失敗と共に際限のない成長を目指す社会を形作ってきたのではないのでしょうか。一方,この連鎖の中で、ヒト、モノ、カネが自由に世界を動く社会はコロナウイルスと共生できていないのです。

そうだとするなら、社会制度そのものの変革が21世紀前半の大きな課題になるはずです。
ところが、制度改革のエンジンとなるべき社会科学の様々な分野は、個別のパラダイムに固執し、小手先ではなく、持続可能な未来に向けてどのように制度を変革するべきかという答えを見いだしていないのです。
にもかかわらず、社会科学の各分野に加えて、人文科学、情報科学、脳科学などの個別分野の知見を連携・総合し、人間の行動を把握し、それに基づき社会の仕組みを作り、諸問題を解決するというのが現在の主流のようです。

3.フューチャー・デザインとは何でしょうか


フューチャー・デザイン(FD:Future Design)は、これまでとは<真逆の立場>をとるのです。
従来の社会科学は、人々の考え方は簡単には変わらないことを前提としてきました。
ところが私たちの考え方や生き方は、社会の制度とそのフィードバックで変わるのです。
つまり、社会の仕組みである市場や民主制そのものが、知らず知らずのうち、私たちの考え方や生き方を形作っています。
そのため、我々の考え方や生き方そのものを変革する社会の仕組みのデザインが必要となってくるのです。
このような仕組みをデザインし、その性能を様々な分野の知見を用いて検証するのです。前節の最後の流れと逆になっているのです。
まさにこれがフューチャー・デザインの出発点です。

親が自らの食べ物を減らし、その分を子供に与えることで幸せを感じることにうなずく人は多いでしょう。
そこで、「たとえ現在の利得が減るとしても、これが将来世代を豊かにするのなら、この意思決定・行動、さらにはそのように考えることそのものが私たちをより幸福にするという性質」を<将来可能性>と定義し、将来可能性を活性化する社会の仕組みのデザインを目指すのです。
市場や民主制のため発現できなかった将来可能性を発現できる仕組みをデザインし、市場や民主制をコントロールするのです。

FD(フューチャー・デザイン)研究のアイデアの出発点は「イロコイ」です。アメリカ先住民は、5ないし6部族による連邦を組み、この連邦国家の総称をイロコイと呼んだようです。そして彼らは、重要な意思決定をする際に、自己を7世代後に置き換えて考えたのだそうです。
想像するに、連邦国家の平和を維持するために遠い将来に視点を移し、そこから今を考えたのでしょう。
アメリカ建国者であるジョージ・ワシントンやベンジャミン・フランクリンは、イロコイから連邦制を学び、それを13の植民地の結束に用いたといわれています。
建国二百周年の際には、上院と下院でイロコイの貢献に感謝するという共同決議文を発しています。ただし、アメリカの憲法に連邦制は残ったものの、「7世代」の考え方は残らなかったようです。

以上を背景に、持続可能な自然と社会を将来世代に残すために、市場、民主制、イノベーションの変革を目指し、新しい社会の仕組みをデザインする枠組みがフューチャー・デザインです。
日本発の新たな分野が生まれようとしているのです。

研究所には、生物学、環境学、経済学、心理学、政治学、工学、神経科学など分野を超える研究者が集まり、この新たな課題に挑戦しています。
これまでになかった理論構築を基礎に、それを人々による実験室実験、フィールド実験、シミュレーションなどの検証を経て、様々な自治体、地域における実践を始めています。
手法の一つとして「仮想将来人」も使っています。
近い将来、G7の首脳たちが仮想将来大統領や仮想将来首相となり、将来世代の豊かさやしあわせを考えて意思決定することも目指しています。

 

学術貢献と理論・実践・実験と社会貢献の図

私たちは、理論の構築、自治体等における実践、実験室での実験の3要素を相互補完的に実施しながら、学術貢献と社会貢献とを行っていきます。

ここで、理論とは、「社会の仕組みをどのようにデザインすると、その中で人々の考えがどのように変革されるかを説明するための理論」を指しますが、これは一朝一夕に完成するものではなく、5年や10年などの長い年月をかけるべき作業と思われます。

本ホームページでは、この作業を支える「実践」「実験」の部分を詳しくご説明いたします。

フューチャー・デザイン研究所 所長 西條 辰義

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